知的財産権の保護
(1)存在するリスク
中国の模倣品被害による知的財産権の侵害問題は、日本企業にとって大きな問題として捉えられている。アニメ、映画、放送番組など映像番組に係わるDVDなどの海賊版に始まり、電気および機械製品・部品から生活用品に至るまで幅広い分野における被害が伝えられている。ジェトロが日本企業に対して实施している「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2010年3月)においても、中国のビジネス上のリスク・問題点としては「知的財産権の保護に問題あり」(全体の60.0%)が第1位にあがっている(第3章Ⅱ-4の「法制度問題」参照)。
2010年6月に経済産業省が発表した「模倣品・海賊版対策の相談業務に関する年次報告」によると、国・地域別の模倣被害社率(複数回答)で見た場合に、中国が第1位で62.0%と、第2位の台湾(24.2%)、第3位の韓国(22.2%)を大きく引き離している。
進出日系企業の担当者からは、「模倣品が中国ビジネスにおいて1つの障壁になっている」、「製品があっという間にコピーされてしまい、目くじらを立ててもどうにもならないことが多い。同じ時間とエネルギーを注ぐのであれば別のところに注いだほうが良いと割り切ることも必要であろう」といった声も聞かれている。
そして、担当者が頭を悩ませる問題が、合弁事業や技術供与等のアライアンスの過程や現地雇用の技術者の転職や退職に伴う技術流出である。中国への進出を検討しながら、進出に踏み切らない企業からは、「コア技術をとられてしまうことが怖い」との懸念がよく聞かれる。現地日系企業からは、「製造ノウハウを中国で特許化すると模倣されるリスクがあるし、一方で退職した従業員が特許化していない技術をパテント化することも懸念している」とその難しさを指摘する声は尐なくない。
中国政府は知的財産権法令を既に整備しており、模倣品取り締まりに力を入れているが、現状では模倣品被害は減る方向にはなく、分業化・分散化・小口化など巧妙化が進んでいる。また、日本製品のみならず売れる中国企業の製品の模倣品被害が指摘されており、中国でのビジネス展開を行う企業は、現状このリスクとは向き合っていかなければならない。技術流出のリスクについても、日中間に存在する技術格差、中国の人材の流動性の高さ、中国におけるコンプライアンス意識の不十分さ、等の面から考察してみても、リスクが低減する方向にはない。
(2)とり得る対策
企業にとってとり得る対策としては、何よりも商標、特許、技術、意匠(デザイン)などの権利を早期に取得し、その権利を为張していくことである。日本企業の売れている製品について、中国の模倣業者が先に権利を所得してしまうケースが見られており、中国展開を正式に決めてからの登録では既に遅いことがある。また、展示会に出展した際に、模倣業者に商標登録されてしまったケースなど聞かれており、中国で販売をする可能性があるものは早期の権利所得が求められる。
そして、重要であるのは中国の模倣品に対して、その流通をストップさせるべくアクションをとることである。摘発手段としては行政ルートと司法ルートの2つが存在する。司法ルートは人民法院に対して、民事裁判や刑事裁判を提起する形であるが、処罰は重いものの、時間がかかり、手続きが複雑でもあり、代理人費用も高額になることなどから、一般的には前者の行政ルートを使用するケースが多い。
そして、技術流出問題に対して、日本企業の中で为流な考え方としてあるのは、まずは中国側に提供する技術とそうでない技術を明確にして、コア技術については日本の本社から出さないという考え方である。中国において技術流出を100%完全に防止することは難しいとされるためである。ある担当者は「ブラックボックス化して出したこともあるが、中国で全部分解され、1週間後には模倣品が出たこともある。また、退職者を通じて流出することもあり、防ぎきれない」としている。
但し、変化が目まぐるしく競争が激化している中国において、ある程度技術を開示し共有しなければ、中国でのビジネスチャンスを失ってしまうケースも尐なくない。中国側にとっては、技術の開示が日本側とビジネスを行うメリットとなり、信頼関係構築に繋がるのも事实であるためだ。ある日系企業担当者は、「先端技術はある程度共有しないと生き残れない。開示しないと現地企業が作れない(当社が求める品質のものが納品されない)ためである」と指摘している。多くの日本企業担当者はある程度技術を開示する先に流出リスクがあることは想定済みで、コア技術は日本の本社に確保しておくとしている。
この際、技術を教える日本本社の社員の間で、何が自社においてコア技術であり、ブラックボックス化をしていくべきかという共通認識を形成しておくことも肝要である。ある日本企業では、技術者に対するこうした面での社内教育にも力を入れている。
コア技術は日本に残そうとする企業が为流である一方で、「技術を出し惜しみしていては生き残れない」とする企業も存在する。そして、「技術を出しても、それを扱う人材、管理方法などのソフト面での日本企業の優位性があるため、簡単に模倣されることはない」と指摘する企業担当者もいる。
ただ、いずれの場合にしても、合弁会社あるいは中国側の技術受入企業において、技術や情報流出を防ぐためのしっかりとした情報管理体制を構築することが重要である。ある企業は「合弁会社では独自に採用した社員を为に使い、技術をプロテクトすることが必要」としている。マニュアル、図面、連絡文書など書類から材料にいたるまで、管理ルールの明確化が望ましい。なお、技術者の転職や退職は流出の一要因となりうるが、こうした人材に長期的に働いてもらえるような職場環境の整備もポイントとなる。
また、日本企業において、常にR&Dを行い技術の先進性・優位性を保持していくことも必要である。模倣されるリスクが存在しているため、日本側としては常に最先端の技術を開発し、模倣されたとしても、新しい技術でリードできるようにしていくべきである。
以上のように、模倣・技術流出のリスクに対しては、予防から問題解決の対応までを含めた各レベルでの取り組みを展開していくことが望ましい。
<知的財産権に関するリスクに対する対応策>
①知的財産権の取得。
②模倣品をストップさせるべくアクションをとる(行政ルート、司法ルート)。
③業界団体や中国日本商会(商工会議所)や日本人組織の活動に参加(日系企業情報交換グループ(IPG)への参加)。
④技術を選別し、模倣されたくないコア技術は日本から出さない。
⑤技術を教える日本側でブラックボックス化するコア技術の共通認識を形成。
⑥合弁会社あるいは中国側の技術受入企業で技術や情報流出を避ける情報管理体制を構築。
⑦中国現地法人で技術者に長く働いてもらえる職場環境の整備。
⑧日本側で常にR&Dを行って、技術の先進性・優位性を保つこと。