法制度問題
(1)存在するリスク
今回のヒアリング調査では、中国は法制度が未整備あるいは運用に問題があるとの声が多くの企業から寄せられた。实際、ジェトロが2010年11~12月に实施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」においても、中国のビジネス上のリスク・問題点としては「知的財産権の保護に問題あり」(60.0%)に次いで、「法制度が未整備、運用に問題あり」(56.1%)を挙げる企業が多い。インドの回答との比較でも、同問題に対する日本企業の問題意識の高さが伺える。
しかし、ここで注意すべき点は、中国は人治国家と称され、その側面を持ち合わせていることは否定できないものの、实際は各種関連法令が整備された法治国家となりつつあることである。進出日系企業の支援に携わる弁護士の多くは「中国における法整備は目覚しい速度で進み、現在は日本と同様、あるいはそれ以上に進んでいる」と指摘する。
一方で、依然として日系企業担当者が「法制度が未整備」と指摘する背景には法令の運用の問題がある。広大で多様な中国において、地域ごと、また行政担当者ごとに、運用や解釈が異なり、担当者が対応に苦慮するケースは尐なくない。ある日系企業担当者は、「中国は法令に曖昧な表現があり、何かあった時いいように解釈されるので、そういった法制度リスクはある」と語る。また、ある担当者は「中国法令は、運用面では窓口担当者の理 解に委ねられている。恣意的な運用がなされている部分もあるようだ」と不満を口にしている。
さらに指摘されることが多いのが、中国における法制度の急激な変更である。事实、輸出増値税還付率引下げまたは撤廃、加工貿易輸出禁止類または制限類の拡大などの急激な政策変更を受け、コストアップを余儀なくされた日系企業もある。ひいては進出当初に想定していたビジネススキームに大きな影響を受けたケースもある。このリスクを最小化するには、現地政府、業界団体、企業関係者など幅広い情報ネットワークを構築しておき、法制度変更の兆しといった情報をいかに早くかつ正確に入手できるかがポイントであり、その重要性を指摘する声も多い。但し、政策の方向性について、確認をとることは非常に難しいのが現状である。
また、法制度の変更直後において、変更内容の確認に苦慮するとの日系企業の声も挙がっている。新たな対応を採るだけでも大変であるのに、その対応の詳細内容の現地政府への確認において骨を折るというのだ。ある商品表示の基準が新たに实行された際に、企業担当者がまず県級市の管理部門に問い合わせをしたところ、詳細が分からないので、さらに上の管理部門に問い合わせするように回答され、結局は省級の管理部門にまで問い合わせる必要があったというケースなど、多くの事例が挙げられている。広大な面積を持つ中国において、変更が各地に伝わり定着するまで時間がかかる構図だ。また、取り敢えず法令が出され、詳細は暫く期間をおいて出される实施細則により明らかになるというケースも多い。
この他、法令が施行されてから、施行日よりも過去に遡って対応が必要となることがあり、その対応に追われるケースもある。一例を挙げると従業員に有給休暇を付与することを規定した「従業員年次有給休暇条例」は2008年1月1日から施行された。しかし、不透明な点があり、詳細については、同年9月18日から施行された「従業員年次有給休暇条例实施弁法」で明らかになったが、2008年においても同条例および实施弁法に則り対応が必要になり、事務負担増や生産計画の変更といった問題が発生した。
また、法令が公布されてから、施行までの期間が短いという問題もある。北京オリンピックが開催される際、各種交通規制が实施されるといわれていたが、最終的な詳細が発表されたのは2008年6月19日で、各種規制が实行されたのは開催の約1カ月前の7月1日からであった。日系企業では短期間のうちに早急な対応を迫られることになった。
中国においては法制度に絡んでこのような状況が発生していることを認識しておく必要がある。
(2)とり得る対策
中国に存在する上記のようなリスクに対して、即効性のある有効な対策をとるのは難しい側面がある。しかし、できるだけトラブルを避けるための努力は欠かせない。
第1に、中国が法治国家となりつつあることを認識し、法令をしっかり把握することである。中国の法令には、全国人民代会(日本の国会に相当)とその常務委員会が制定する法律、国務院(日本の内閣に相当)が制定する行政法規(条例)、国務院を構成する部や委員会(日本の省庁に相当)が制定する部門規則(部門規章)、地方の人民代表大会や地方政府が定める地方性法規や地方政府規則があり、それぞれに気を配る必要がある。重要なものについては、現在多くの機関より変更の際に情報提供がなされており、情報入手が可能だ。
第2に、中国での法令制定、変更のスピードは速いため、進出日系企業の担当者としては、常にアンテナを張り巡らせ、企業運営に関連するような法令の変化について把握するようなネットワーク作りが必要である。現地政府関係者との交流は言うまでもないが、業界団体、関係企業担当者とのネットワークも有益である。また特に、進出日系企業の加盟する団体である中国日本商会(商工会議所)や地方の日本人組織の会合などを通じた日系企業同士での情報交換も重要である。こうした組織はジェトロ等とも協力の上、担当者向けに法令の改正等のタイミングをみて、弁護士や税理士などの専門家を講師に現地で担当者向けのセミナーを開催している。
第3に、本社との情報共有体制作りである。ある弁護士は、2010年春に日系企業においてストライキが深刻化した1つの要因に、本社とのやりとりでその決断に時間がかかったことを挙げている。現地サイドに権限を委譲し、素早い判断を可能にするのはもちろん理想的であるが、实際はそこまでいかないケースもある。その際には、日本本社と現地サイドにおいて、関連法令および現状を相互に把握しておくことで、問題が発生した際に、判断を下す時間を短縮することに繋げられる。また、中国における企業運営で、日本人の経営管理層の果たす役割は非常に大きい。これらの人材が交替する際に、後任の人材が日本とは異なる法令事情を把握していなければ、円滑な運営と必要時の迅速かつ適切な判断が難しくなる。そのため、本社側で現地法令を常に把握し、後任となりうる人材はその情報を把握していることが望ましい。
第4に、弁護士事務所や会計士事務所、コンサルタント会社等の専門家を活用することである。当然費用が発生することになるが、結果的にトラブルが発生した際には、その費用以上の損害を受けるケースもある。現在中国には日本人弁護士や、日本語で対応可能な中国人弁護士もおり、多くの日系企業は必要に応じてアドバイスを求めている。社内において解決が困難な場合には、こうした外部人材の活用も有益である。
最後に、これは進出前の企業に対していえることであるが、事前の法令の把握が非常に重要ということである。進出前の情報収集不足によって、日系企業が中国でトラブルに巻き込まれる点を多くの弁護士が指摘している。例えば、日系企業において直面する土地トラブルについては、事前の土地に関する法令理解不足で、本来取得すべきでない土地を取得してしまったことに端を発するケースがある。進出前の法令把握とそれに伴う判断が重要である。
いずれにしても、中国における法制度リスクに対しては、日頃の地道な積み重ねが最も有効な対策となっている。
<法制度リスクに対する対応策>
①法令の把握に努める。
②法令把握のためのネットワークの構築(現地政府、業界団体、関係企業)。
③本社との情報共有体制の整備(日本人管理層の後任候補の法令把握を含む)。
④弁護士事務所、会計士事務所、コンサルタント会社等の専門家活用。
⑤企業進出前の法令把握が非常に重要。