6.人材の育成・現地化
近年、日本企業では、中国拠点を従来のような輸出に向けた生産拠点だけではなく、拡大する内需を取り込む拠点として位置付け、現地市場開拓を担う動きが増加している。市場開拓の取り組み強化に向けては、中国市場の特性や嗜好を最もつかんでいる中国人をいかに適切に育成・活用し、販路開拓を進めていくかが重要となっている。实際、今般のヒアリング調査において、各企業が競争力強化におけるキーワードとして最も挙げたのが「人材の現地化」であった。本項では競争力強化のカギを握る人材の現地化に向けた戦略のあり方について考察する。
日本に本社を有する企業の中国ビジネスにおける担い手は、①中国拠点に勤務する中国人、②中国拠点の日本人駐在員、③日本本社に勤務する中国人、④日本本社に勤務する日本人のマトリックスに区分できる。人材の育成・現地化のためには、それぞれバランスをとって底上げすることがポイントである。
(1)中国拠点に勤務する中国人
中国での市場開拓において、中国人の有効な活用は極めて重要である。中国人の育成・活用においては、①实務を担うスタッフクラス、②それを管理・統括するマネジメントクラスに分けて対応していくことが必要である。
①スタッフクラス
当然のことながら、中国人は言語も文化も日本人と異なるだけに、異文化を越えて価値観を共有しつつ、スタッフの能力を生かした組織を構築していく必要がある。ただし、人材育成は順を追って時間をかけて進めていくことが肝要である。
まず、良い人材の採用が中国においても重要である。企業によっては、産学協同の取り組みとして大学に寄付講座を設け、自社を中国人学生に幅広く知ってもらう機会を設けている企業もある。また、現地法人でのインターン受け入れや、優秀な学生への奨学金給付などを行っている企業もある。さらに、日本語能力を採用条件にすると人材の幅が狭まっ てしまうことから、英語を話す人材も採用対象に加える試みを始めている企業もある。
採用後の人材育成においては、日本人がポリシーを持って「自社のビジョン」を語り、「会社とは何なのか」を明確に理解させ、それを全員に正しく伝えていくことが求められている。会社としてのビジョンを明確に示さなければ中国人スタッフも、仕事を通じて育っている实感がわかず、単なる駒として使われていると感じて、企業から離れていく可能性も尐なくない。成長を实感できることで人は働く面もある。中国人は必ずしも金銭的な待遇だけで企業への帰属を判断しているのではない。自身の成長スペースがあることを感じられる環境を醸成することが重要で、それが实現できれば定着率の向上にも繋がる。つまり、「待遇(給与・報酬等)」と「成長機会」、「職場の人間関係」の三角形のバランスがカギといえる。
人材育成を進める中で、信頼関係を深めていくことも大事であるが、ある日本企業からは、中国人を「信用しても、100%信用しない」という意識も必要ではないかとの意見があった。ビジネスを成功させるという視点で見た場合、チェック機能を有効に働かせる必要性があり、それは日本人同士であっても同じであろう。
②マネジメントレベル
多国籍企業には、現地人材をマネジメントに登用することで、組織が上手く機能した経験があるところも尐なくない。日本企業においても、中国拠点を日本人でなく中国人がマネージする経営に変えていこうとする企業が増えつつある。つまり、いつまでもマネジメント層を日本人だけで固め、たとえ優秀で一生懸命仕事に取り組んでいても中国人というだけの理由で、マネジメント層に登用されないという、いわゆる「ガラスの天井」を打破し、中国人のモチベーションを向上させることが必要だと考えている企業が増加している。
中国人トップマネジメントを社内で育成した企業は、その選定にあたり、広範な人脈、マネジメント能力の高さを求めており、その理由として、中国でのビジネス展開において は、折衝力、人脈がものをいう場合が多く、日本人には対応が難しいことを挙げている。
また、別の企業はマネジメント層に昇格させる中国人には、日本本社に招聘して新任管理職研修を实施。1~2年かけて日本で業務を通じて、①本社とのネットワークを構築し、②日本本社が大切にしている経営理念などを学ばせつつ、③対象者自身のモチベーションを高めるなどの工夫をしていた。
他方、人材マーケットとして見た場合、マネジメントレベルの人材は限られていることに加えて、外からスカウトすると給料が高額になる傾向がある。このため最近では人材の選定に当たって中国や日本だけでなく、より広範なエリアで募集・採用しようという動きも出始めている。米国でマネージャーとして成功している人物は、労務問題など過去に直面したさまざまな経験を活かして中国でも上手く活躍できることが尐なくないという意見もあった。
(2)中国拠点の日本人駐在員
各社における中国事業の重要度が高まる中、駐在員として派遣する日本人の選定は一層重要性を増している。中国拠点での日本駐在員については、従来は中国語が話せる人材、または、中国語が話せなくとも、海外で駐在経験のある人材が派遣されるケースが多かった。しかし、中国市場の急速な発展を受け、事業を急拡大する企業が多い中、初めての海外駐在が中国というケースが増えてきている。こうした社員に対しては、赴任前に十分な研修を行うことが欠かせない。「日本人が学ぶべき中国に関する情報」など過去の経験を一冊のファイルにまとめて赴任予定者に渡すなどの工夫をしているところもある。
駐在員の選定に当たっては、言語能力や経験もさることながらコミュニケーションやマネジメントの能力が高く、現地で皆と共に汗をかき、現地中国人社員の信頼を得られるような人材を送り込むことが必要である。また、マネジメント形態が日本人中心から中国人が为体へと転換しつつある中、中国拠点における日本人駐在員の役割も、中国人社員に対して、①経営理念、②企業文化、③コンプライアンスについて指導・教育するといった役割に変化しつつある。そういう意味で、これらをしっかりと把握し、伝えていける能力を備えていることも条件となろう。
駐在期間についても見直しが求められる。「韓国企業では片道切符のつもりで地元に根を張った形で駐在させる一方、日本企業ではわずか3年弱の駐在期間で、現地の事情が分かってきた頃に帰任となる」など、日本企業の人事ローテーションの問題点を指摘する声も尐なくない。今後は、期間の長期化も図りつつ、複数の交代要員を育成し、中国市場を理解する日本人の層を厚くしていくことが求められる。
他方、駐在する日本人の質を高める一方で、中国拠点の人件費総額が高くなっており、コスト削減の観点から量的には日本人駐在員を減尐させ、現地化を推進していくことも考える必要がある。
(3)日本本社に勤務する中国人
日本本社に勤務する中国人は、現地事情にも明るく、日本の企業文化もある程度理解していることから、日本本社における中国情報の収集・分析や、現地サイドとの調整役としての役割が期待されている。中小企業においては、社長の懐刀として中国での事業運営をサポートしているケースも多い。
日本に留学した中国人を本社で採用・育成し、将来的に中国に赴任させる企業も最近増加傾向にある。こうした手法により、社内の活性化につながる効果も期待される。しかし、日本本社採用という理由で、高額な給与を支給することが、中国現地法人の中国人社員との間に摩擦を引き起こす可能性があり、中国への派遣に当たっては慎重な対応が求められる。他方、日本での勤務時代に、日本本社の経営理念や企業文化を良く理解した上で中国に赴任したため、現地赴任後も現地の中国人に日本本社の考え方を上手に伝え、本社と現地法人とのブリッジコーディネーター的な役割を担っている中国人社員もいる。
本社採用の中国人の派遣に当たっては、その人物の資質を十分に見極めた上で選考することが重要であろう。
(4)日本本社に勤務する日本人
中国におけるビジネス環境の変化は極めて速い。企業としてはそれに対応するための体制構築が必要であり、迅速な意思決定も求められる。対応策として、現地への権限委譲を進める企業も尐なくない。しかし、日本本社側の業務プロセスが明文化されていないこと、また、本社側としてコーポレートガバナンスやコンプライアンスの観点から完全に現地への権限委譲ができない部分もあるといったことが、阻害要因になっていることも多い。
この点、欧米企業は、中国現地法人まで物理的に距離が離れていることもあり、「良くも悪くも」権限委譲と現地化を推進せざるを得ない状況にあったといわれる。日本企業は、中国までの距離は相対的に近く、現地への出張が比較的容易であったことも、権限委譲と現地化の遅れにつながっていると見る向きは多い。いずれにしても、中国での事業展開においては、本社の中国事業責任者(中小企業であれば、経営者自ら)が、頻繁に中国に足を運び、現地の情報に常にキャッチアップし、連携を強化しつつ全社的に意思決定を速めていくことが求められている。
(5)結び
今般のヒアリング調査を総括すると、業種や中国での事業展開の状況によって、現地化のレベルは異なっており、今後目指す水準も違っている。いずれにしても、人に関する問題であるだけに、現地化は時間をかけて進めていくしかないが、そのスピードを出来るだけ速めていくことが求められている。そのためには明確な目標を定めることも検討すべきであろう。
今後、中国市場のさらなる成長に伴い、第一線で活躍する中国人社員の役割が大きくなることは間違いない。こうした中、現地化とは、日本人従業員の役割をどのように考えるかという点と裏表ともいえる。各社にとって何よりもまず重要なことは、中国事業の持続的拡大である。この目的を達成すべく、日本人と現地人材がどのような枠組みで手を携えて、目標に向かって団結していくか。各社の戦略のあり方が問われているといえよう。
そういう意味で、人材育成は現地拠点だけに任せるのではなく、将来の姿を見据えて全社一丸となって対応していく必要がある。
(補論)本社と現地法人の連携
日本企業は他の外資系企業と比較しても本社の裁量権が強いとされる。一方で中国事業が日本企業全体にとって重要性を増す中、本社と現地法人がしっかりと連携した形での事業展開を図っていくことが重要となっている。
まず、本社の権限が強いことのマイナス面は、中国事業展開における経営スピードの遅れや柔軟性の欠如につながりかねず、本社との調整や意思決定プロセスの非効率さが指摘される。具体的には、「日本側の過度なコンプライアンス要求への対応が圧力」、「本社側が立てた目標の達成にプライオリティが置かれ、現場で本当に必要としている経営ができない」、「中国では法規の捉え方が難しく、法規面のリスクをゼロにして事業を進めることが難しい点を理解してもらう必要がある」などの声が聞かれた。現地法人と本社の間の温度差による経営の非効率や、本社の方針に左右されて現場で必要な経営ができないといった問題意識もある。また本社の中国に対する理解不足も問題点として指摘された。
こうした問題に対する最も有効な解決策は現地法人への権限委譲の推進だ。日系企業の場合、他の外資系企業と比較して権限委譲が遅れており、意思決定プロセスにおいて本社の意向が重視されるという声も少なくない。しかし、今後中国市場に対する注目度が一層高まる中で、特に内販拡大を検討する企業にとって、現場の細かいニーズの吸い上げや対応、スピードをもった経営の推進のためには、現場での意思決定をより重視することがますます重要になっていくだろう。
一方で、現地への権限委譲における問題としては、「日本企業はカンパニー制を採用していることが多く、中国の傘型会社(統括会社)と本社全体との利害調整が難しい」、「現地での管理を一任できる日本人人材の育成が必要」といった声もあった。
他方、現地への権限委譲以外の方策としては、「『経営の多軸化』という視点が重要」との見方もある。具体的には、「『本社』と『現地』という枠組みではなく、『事業軸』『エリア軸』『会社軸』の3軸に分け、会社軸として本社が人事や財務面をバックアップしていく」といった形で会社の軸を多角化させ、それによって本社の機能を管理面に特化させるという考え方である。
その他、現地法人と本社の円滑な意思疎通を図るための工夫として「経営会議を中国で開催し、中国事業に対する経営陣のコンセンサスを得る」、「本部機能の一部を中国に設ける」、「関連部署の社員を定期的に出張させ中国を理解させるようにする」といった取り組みもある。また、「本社自体がグローバル人材の採用やグローバル企業としてのガバナンス・経営視点を持つ必要がある」と本社の国際化の重要性も指摘された。
いずれにしても、日本企業の中での中国事業の位置付けが高まる中で、中国事業の成功に向けた本社と現地法人の適切な連携、権限分担のあり方を考え、それを实行に移していくことが重要と言えるだろう。